スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望

 僕はですね、スターウォーズをリアルタイムで映画館で見ていないんですよ…まぁ、小学生だったので、よほどの強い意志を持って映画館に行くか、親に連れてってもらうしかないわけで、僕の親は連れてってくれなかったんですよ…さえない…偉そうな事を言ってても、そういうところがさえないとねぇ…うらむよ、パパ…リアルタイムで見た友達の話を聞くと、やはり悔しいわけです…その時代にその時代のものを見るって、かけがえのない経験だと思うんですけれど、それを逃すともうそこはどうしようもないわけです…という悔しさからはじまった我が家のスターウォーズ強制鑑賞大会ですが、4→5→6→1→2→3と見たら、「忘れたから4を見たいよー」と子どもからの自発的な要望があったので、改めて4を見ました。自分の父親への感情のしこりが世代を超えて氷解したように思いました。

 もうですね、いまさらですが、あの最初のタイトルロールと音楽が凄いです!みんなで指揮者になって、鼻息を荒くしてスタートです。あの一発で映画に引き込むテクニックは実はなかなかないんじゃないかなぁって思います。色々な導入方法はあると思うんですけど、アレを採用したルーカスには、「みなさん楽しんでいただけるような娯楽作品としてスターウォーズを作るぞっ!」っていう強い意志があったんじゃないでしょうか?古代ドイツ神話をリサーチしつくした上での映画なので、難解な話にしてもよかったのですが、そうはしなかったわけで、あまり語られてはいませんが、その辺はもしかしたら映画会社との熾烈な戦いがあったのかもしれないです…

 そういった観点でっていうか、子どもと一緒に見たからかもしれませんが、スターウォーズって結構ふざけているっていうか、楽しいキャラクターが多いのに改めて気づきました。シリアスなシーンとふざけたシーンのバランスが絶妙なんですよ。子どもたちにはC-3POが大人気で、「こいつバカだなぁ!」とか「何やってんだよっ!」って盛り上がりました。あとはチューバッカですね。出てくるだけでなごみます。SFを作るにあたって、定石としては「ほどほどに想像できる未来」にしたほうが安全なわけで、失敗すると幼稚になるリスクにビビらず、チューバッカやC-3POを出したのは大英断だったと思います。もしかしたら僕の嫌いなジャージャービンクスもそういう役割があったのかなぁ…って思いました。

 ほんと何もないところから、ルークが、レイア姫が、オビワンが、C-3POにR2-D2が、ハンソロにチューバッカが、そしてX-WINGに、タイファイター、デススターというメカの数々にミレニアムファルコンにハイパードライブ!ジェダイにライトセーバー、そしてダースベーターが生み出され、ほどほどにしておけば楽なものを過剰に要素を盛り込んでまとめ上げたルーカスは、ほんと偉大だと思います。フォースも当時は理力って言っていたような気がしますが、超能力とはまた別の神秘的な何かって当時は新しい概念だったように思います。フォースの覚醒はJ・J・エイブラムスが監督で、予告を見ると文句無しに面白そうなんですが、ルーカス無しで「超絶的に新しい何か」は難しいのかなぁと、ルーカスびいきなので、ちょっと心配になってきましたっていうか、全く意味不明で失敗だとしてもルーカスの作った続きが見たかったです…いや!だいじょうぶ!!その辺はきちんと継承されているだろう!!!!ジェダイがそうであるように…とか色々考えては悶絶する今日この頃です。

 1、2、3を見た直後に4をみるとバックトゥザーフューチャー的な面白さも発見できました。もしかしたら全部いっぺんに撮影したんじゃない?っていうくらいつじつまがあっていて、「かつて~」とかルークのお父さんの話はもちろん、オビワンがレイア姫を見た時の表情とか、最初の4の撮影の時にどれくらい説明していたか謎なんですが、バッチリつながっている感じなんですよ。少なくとも超弩級にスケールのでかい構想がルーカスにはあったんだろうなぁ…って改めて感心させられました。4、5、6ってほんと面白くて、鼻血が出そうなくらい期待をして1、2、3を見たらガックシで、なんだよルーカス…と思っていたので反省しました…やはり4を無から作り出したルーカスは偉大で、4は至高です!そして4といえばルークなわけですが、息子(小6)も「ルークっていいよなぁ!」なんです。ルークっていいんですよ。素直で朴訥なんですが、普通に立派なんです。立派すぎないキャプテンアメリカっていう感じでしょうか?キャプテンアメリカくらい立派だと、偉いなぁって感心してしまう感じなんですが、ルークは感情移入しやすい立派さ加減なんです。そして、そのルークのその後が見れる(んだよね?)、フォースの覚醒がムチャクチャ楽しみです。