スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲

 子どもたちとスターウォーズ大会です。4→5→6→1→2→3ときて、また、4→5って感じで、フォースの覚醒に備えて、準備はバッチリです。現役世代の僕としては、4、5、6があって、あくまでも昔の話としての1、2、3って感じなんですが、子どもたちの認識としては、順番通りに素直に受けとめている感じで、ちょっと興味深かったです。「4ではダースベーダーに上司がいておかしいと思ったけど、5では出世した。」というのが娘(中3)の指摘で、僕にはそんな認識は全くなかったです。新旧のつながりでいうと、確かにそうだねぇ…っていうのがヨーダで、僕は、1、2、3のヨーダに違和感があったんですが、子どもたちにとっては、そっちがベースなので、ルークを相手にふざけるヨーダを見て、「ヨーダ…どうしちゃったんだろう…」っていうのが、子どもたちの感想でした…やはり孤独というのは人を変えてしまうのでしょうか?

 AT-ATが崩れ落ちるシーンで、息子が「今、CGだった!」と誇らしげに指摘していたんですが、隔世の感です。もう息子の脳内では特殊効果=CGって事だと思うんですが、CGどころか、合成もデジタルではなくオプティカルプリンターでやっていたっていうのが、今さらながらに驚きます…合成具合の調整とかって、どうしてたんでしょう?そんでもって、現在の目で見ても、カットが成立しないほどの違和感がないところが、凄いです。技術的にも革新的な映画だったんだなぁって事を改めて感じました。もちろん息子には「CGではなくストップモーションと光学合成だよーん!」と鬼の首をとったように教えてあげたら、ムッとしていました…こういう姿勢が新しいファンに不愉快な思いをさせるんだなと気づき反省しました…

 今回の帝国の逆襲鑑賞会で、子どもたちに人気っていうか注目されたのがレイア姫です。そんなに気にしていなかったんですが、やたらとキスするんですよ。何かあればキス。スキあればキス。もうレイア姫が出てくると、キス?って感じで、「また、やってるよー」って感じで、思春期の子どもたちには、なかなか衝撃的だったみたいで、息子(小6)による「レイア姫はチューバッカ」という名言が生まれました。SFにロマンスは鬼門っていうか、上手く扱わないと全体にベッタリしてしまう劇薬だと思うんですが、その辺もルーカスは果敢に攻め、ロマンチックな冒険活劇として成功したんだと思います。ロマンチックに気持ちがアガると、シリアスな対決シーンが、よりいっそうグッと引き立つわけです。

 帝国の逆襲といえば、ヨーダのシーンが、ほんと大好きなんですけど、今回はキス騒動の余波で集中できなかったんですが、今回、新しい発見としては、ルークはいきなり強敵とライトセーバーで対決したんだなぁ…って事がわかった事です。明らかに格が上の相手と、フォースの入門者っていうか、覚えたばっかのルークが戦う…だいぶビビると思うんですよ…負ければ死ぬわけですから…子どもの頃は、なぜかその辺がわからなかったんですが、「キス!キス!!」うるさかった子どもたちが、ガクガクブルブルとふるえながら見ているのを見たら、急にわかった感じです…赤と青のライティングがまた、ヤバイんですよね。

 そんでもって帝国の逆襲って、映画史上最大のヒキで終わるわけです…そして、余韻が素晴らしいんです。音楽が素敵なせいもあり、なんとなく「風とともに去りぬ」とか往年の名作的な「映画を見たなー」っていう感慨があって、ルーカスがその辺を知りつくして、そして演出として選択した上で作ったんだろうなぁって思います。後味を味わいつつも、おかわりしたくなる感じが天才的で、もう、次を見ないわけにはいかないわけです。ジェダイの復讐じゃなかった、ジェダイの帰還が楽しみです。そしてフォースの覚醒はどうなるんだろう?っていう期待でワクワクです。

スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望

 僕はですね、スターウォーズをリアルタイムで映画館で見ていないんですよ…まぁ、小学生だったので、よほどの強い意志を持って映画館に行くか、親に連れてってもらうしかないわけで、僕の親は連れてってくれなかったんですよ…さえない…偉そうな事を言ってても、そういうところがさえないとねぇ…うらむよ、パパ…リアルタイムで見た友達の話を聞くと、やはり悔しいわけです…その時代にその時代のものを見るって、かけがえのない経験だと思うんですけれど、それを逃すともうそこはどうしようもないわけです…という悔しさからはじまった我が家のスターウォーズ強制鑑賞大会ですが、4→5→6→1→2→3と見たら、「忘れたから4を見たいよー」と子どもからの自発的な要望があったので、改めて4を見ました。自分の父親への感情のしこりが世代を超えて氷解したように思いました。

 もうですね、いまさらですが、あの最初のタイトルロールと音楽が凄いです!みんなで指揮者になって、鼻息を荒くしてスタートです。あの一発で映画に引き込むテクニックは実はなかなかないんじゃないかなぁって思います。色々な導入方法はあると思うんですけど、アレを採用したルーカスには、「みなさん楽しんでいただけるような娯楽作品としてスターウォーズを作るぞっ!」っていう強い意志があったんじゃないでしょうか?古代ドイツ神話をリサーチしつくした上での映画なので、難解な話にしてもよかったのですが、そうはしなかったわけで、あまり語られてはいませんが、その辺はもしかしたら映画会社との熾烈な戦いがあったのかもしれないです…

 そういった観点でっていうか、子どもと一緒に見たからかもしれませんが、スターウォーズって結構ふざけているっていうか、楽しいキャラクターが多いのに改めて気づきました。シリアスなシーンとふざけたシーンのバランスが絶妙なんですよ。子どもたちにはC-3POが大人気で、「こいつバカだなぁ!」とか「何やってんだよっ!」って盛り上がりました。あとはチューバッカですね。出てくるだけでなごみます。SFを作るにあたって、定石としては「ほどほどに想像できる未来」にしたほうが安全なわけで、失敗すると幼稚になるリスクにビビらず、チューバッカやC-3POを出したのは大英断だったと思います。もしかしたら僕の嫌いなジャージャービンクスもそういう役割があったのかなぁ…って思いました。

 ほんと何もないところから、ルークが、レイア姫が、オビワンが、C-3POにR2-D2が、ハンソロにチューバッカが、そしてX-WINGに、タイファイター、デススターというメカの数々にミレニアムファルコンにハイパードライブ!ジェダイにライトセーバー、そしてダースベーターが生み出され、ほどほどにしておけば楽なものを過剰に要素を盛り込んでまとめ上げたルーカスは、ほんと偉大だと思います。フォースも当時は理力って言っていたような気がしますが、超能力とはまた別の神秘的な何かって当時は新しい概念だったように思います。フォースの覚醒はJ・J・エイブラムスが監督で、予告を見ると文句無しに面白そうなんですが、ルーカス無しで「超絶的に新しい何か」は難しいのかなぁと、ルーカスびいきなので、ちょっと心配になってきましたっていうか、全く意味不明で失敗だとしてもルーカスの作った続きが見たかったです…いや!だいじょうぶ!!その辺はきちんと継承されているだろう!!!!ジェダイがそうであるように…とか色々考えては悶絶する今日この頃です。

 1、2、3を見た直後に4をみるとバックトゥザーフューチャー的な面白さも発見できました。もしかしたら全部いっぺんに撮影したんじゃない?っていうくらいつじつまがあっていて、「かつて~」とかルークのお父さんの話はもちろん、オビワンがレイア姫を見た時の表情とか、最初の4の撮影の時にどれくらい説明していたか謎なんですが、バッチリつながっている感じなんですよ。少なくとも超弩級にスケールのでかい構想がルーカスにはあったんだろうなぁ…って改めて感心させられました。4、5、6ってほんと面白くて、鼻血が出そうなくらい期待をして1、2、3を見たらガックシで、なんだよルーカス…と思っていたので反省しました…やはり4を無から作り出したルーカスは偉大で、4は至高です!そして4といえばルークなわけですが、息子(小6)も「ルークっていいよなぁ!」なんです。ルークっていいんですよ。素直で朴訥なんですが、普通に立派なんです。立派すぎないキャプテンアメリカっていう感じでしょうか?キャプテンアメリカくらい立派だと、偉いなぁって感心してしまう感じなんですが、ルークは感情移入しやすい立派さ加減なんです。そして、そのルークのその後が見れる(んだよね?)、フォースの覚醒がムチャクチャ楽しみです。

地球の長い午後

地球の長い午後

 かわいい娘(中3)は本が大好きなんですよ。僕も子どもの頃は本はけっこう読んだんですけど、パックマンのあたりからゲームにはまって、本は読まなくなりました。なんだかんだで娯楽がないから読んでたって感がします…が、娘はこの娯楽にあふれた二十一世紀にもかかわらず、本なんですよ…思春期の娘との接点がほしい!パパだって読書しちゃうよーって事で、ブックディレクターの幅允孝がブックディレクションをした「The Lobby」阪急梅田店に行ったら、難しそうな洋書とかオシャレな本に混じって、ハヤカワSF文庫があるじゃないですか。なんか装丁も素敵だし、タイトルも素敵なので、オシャレでロマンチックな小説なんだろうなぁと思ってコレを買いました。
 …で、読んでみたら凄いんですよ…「SFはだいたい白い光につつまれて、人類が進化するんだよー」「まぁ、どれもだいたい同じさ。」って子どもたちにイバっていたんですが、ぐぉっ!こんなのあるのかっ!!って感じでした。あとですね、SFっていうと、ジェイムズ・P・ホーガンの「星を継ぐもの」みたいな感じで、ポジティビティが基本になっていて安心して読めるイメージだったんですけど、これはちょっと違うんですよ…読んでいてどんどん不安になってくるんですよ…登場人物っていうか登場してくるもの?たちが、いちいちフリーキーでクレージーなんですよ。SFっていうよりオカルティックな不気味さを堪能して、一気読みした後にふるえながら寝ました…まぁ、そういう意味で色々な未来があるなっていうSF的な衝撃を久しぶりに堪能できました…と同時に、まだまだ読んでない本がたくさんあるなぁ…って新鮮な気持ちになりました。いい読書でした。

スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐

 フォースの覚醒の公開に備えて、半ば強制的に開始された我が家のスターウォーズ鑑賞会なのですが、子どもたちも完全にハマりました。もう続きを見るのは「当然!」って感じです。家族でひとつのものを見て語り合えるっていいですね…とはいえ、スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐は当時、1も2も気に入らなかったけれども見ないわけにはいかないので、ほんとしょうがなく見たところ、「アナキンのバカ!」しか感想がなかった恐ろしい作品でしばらく封印していたのですが、ひさしぶりに見てみたら「アナキンのバカ!」→「うん、まぁ、しょうがないかなぁ…」に感想が変わりました。

 エピソード2では子どもたちに散々「キモい」と酷評されたアナキンが、「え!別の人?」っていうくらいに前半かっこいいし、頼もしいのに驚きました。バカ!バカ!言ってた自分が情けないです…坊主憎けりゃ袈裟まで憎い的な感じでスターウォーズの1、2、3は文句と不満ありきで見ていたんだなぁ…って思いました…心が濁っていたようです…ってな感じで落ち着いて見てみると、「うん、まぁ、しょうがないかなぁ…」っていうか、そういう事もあるかなぁ…って感じで俯瞰で物語を見れるようになりました。僕も人間的に成長して、大きい視点で物語を見る事ができるようになったようです。エピソード3ってアクション映画として見てみると、ほんとスカッとしないんですよねぇ…スタローン的なカタルシスを最重要視する僕には当時耐えられなかったわけです…

 その辺が現役の息子(小6)の感想は「もっと、ヨーダが頑張ればよかった!」…で、ドラゴンボール世代の若い素直な感想に、僕の失われた子ども心が復活しました。確かにヨーダが本気を出せば、勝てたように思うんですよねぇ…それとも宮本武蔵みたいに「負ける戦いはしない」っていう見極めが達人クラスなのか?まぁ、ヨーダが勝つと4、5、6はないわけですから、しょうがないのか…とはいえ、「負けられない戦いがある」とか「男には負けると分かっていても戦わなければならない時がある」というセリフはヨーダにはないんでしょうか?ヨーダが本気出して、スーパーヨーダとか、元気玉とか出したら、勝てるような気がして、なんとも釈然としないんですが、それほどにダークサイドが恐ろしく強力ということなんでしょうか?

 娘(中3)の感想は「(面白かったけど)戦闘シーンは、るろうに剣心のほうが凄かった!」という聞き捨てならないものだったので、「わざとロングショット中心で、あえてカットを割らないんだよっ!」と反撃したんですが、よくよく考えるとなんでだろう?エピソード4のオビワンの時は演出として最適であり必然だったと思うんですけど、技が派手になってくると、最近のカットを割る演出のほうがいいような気もするし、でもそいういうのって流行り廃りもあるし、ほどほどにクラシカルな演出のほうが作品の寿命も長い気がするし、その辺もフォースの覚醒がどうなるか楽しみです。
 ちなみに子どもたちは「4が見たくなった!」そうです。エンドレスモードに突入です。